南氏の動向
南氏がマスクをしていた。
コホンコホンと咳き込む、私を見る。
また咳き込む、私を見る。
私が何も言わないでいると「おいおい」と言った。
また咳き込む。
まぁ普通に考えて風邪を引いたのだろうが、コホコホいつまでも五月蝿いから、どうしたのか尋ねてやった。
すると彼はブチャイクな顔面を捻じ曲げ、悪魔じみた笑顔を作った。イヤラシイ皺がマスクの隙間から伸びて、顔の脂が肉の唸りを強調する。地獄の餓鬼の如き顔面を包むマスクが、封印のお札のようにも、醜い想像を促す呪いのお札のようにも見える。
「いやぁ子供に風邪を移されたしまってねえ、下の子は無事だけれども、元気じるしの上の子が。たいへんだよね」
と言った。そしてあろう事か次のように結論付けた。
「それでも尚楽しいのだから家族っていいよね、結婚の経験のない君にはわからんだろうが」
ちなみに南氏は私の3つ4つ年上でありながら既に妻を貰い、愛らしい子を2人儲けており、仕事に励むかたわら育児にも気を使う理想的なナイスミドルであって、仕事も卒なくこなす。
それらの点を以って人生において私に悉く優っているものと勘違いしているきらいがある。
辛い現実から逃れるための妄言であろう。
上記の「自己紹介」を正確に記述すると次のようになる。
じつは妻は一度見た事があるが、これがまた大変田舎臭いなりをしていて、実家の畑で採れたジャガイモをあてがったのかと思った。だから子供も当然ジャガイモである。
子供も、親に似て悪趣味な笑い方をする(に違いない)。エッ、エッ、エッ、と、生ゴミを見つけたカラスのような声で笑うので、近隣住民からはダミアンの再来と不気味がられている。
モチロン奥さんも子供も、実際に見た訳でははない。
南氏は育メンを自称するが、実際は育児を早々に断念し、趣味のバドミントンばかりしている。ジャガイモ(奥さん)が子供の栄養を考えて作った愛情溢れる弁当に対し「味が薄いなぁ」と正直な評価を下して以来、悲しいかな、社員食堂で格安の弁当に向かう姿を毎日見るようになった。
ただ一点、結婚して子供がいるというだけで勝者と決めてかかるというのは底が浅いと言うほかない。現実からの逃避か自己暗示か知らないが、人生の敗者は火を見るよりも明らかであろう。
人生の本来の勝者である私は彼の侮辱に対し、あまりに腹が立ったので、
「南さんがお子さんをビョーキ扱いしている!」
とやや事実を曖昧にした情報を広める活動に着手した。
そして早速「子供は(病)院に連れていかれたらしい!」と尾ひれを付けた。