時間がない
久しぶりに家を訪ねてきた叔父が、だしぬけに誕生日プレゼントをあげようと言ってきた。
ぼくは奇妙に感じた。なぜかというと、その日は誕生日ではなかったからだ。ぼくはてっきり、からかわれているのかと思った。
「ぼくは本を読むんだけど、時間がないんだ。だからそのための“時間”がほしい」
時間というのは概念であって、人にプレゼントできるものではないということは勿論知っていた。悪戯の仕返しとして、困らせてやりたくなったのだ。
台所に立つ母が背中を向けたまま、叔父さんも善意で……、とか言って、ぼくをたしなめた。味噌のいい香りと包丁の叩く軽い音が聞こえた。ごはんまでは秒読みだ。
おじさんは母を宥めて、
「ようし、わかった。時間をあげよう。もう十分だと思ったら、そう言ってくれたらいいからね」
と言ったかと思うと死んだように動かなくなった。ね、と言ったときの口を開いたまま、微動だにしなかった。母の気配もしなくなった。叔父と同様死んでいるらしかった。
ぼくは恐ろしくなって、すぐさま「もう十分だ」と言おうとした。けれど上手く呼吸することができなかった。空気も静止しているのだ。味噌の香りもしなくなっていた。
ただ、なぜか包丁の音だけはとんとんとんとんと鳴り続いている。