賢者の日記

賢者の日記

齢20と幾年、穴から出られなくなった山椒魚が思った事を記す。

街コン怖い

 むかしむかし、本州最果ての地に、ある大男が住んでいた。

 彼の村では過疎化が本格化して久しく、外を歩く若者は日に日に少なくなって、今では神話となった。自治会館では若者の数より野良猫の数の方が多いのではという冗談にならない冗談が流行した。


 その癖なぜか男衆は村内に散見され、大男もその例に漏れなかった。異性交遊の輪から取り残された男たちはDNAの求めるまま俄かに哮り、花嫁探しに奔走した。見つかるのは野良猫ばかりだった。女たちは塹壕に避難していた。

 限られたパイを巡って男たちは互いを牽制し合うようになり、村には略奪、欺き、裏切りが横行した。自治体は打開策として婚活パーティーをいくつも画策し、と言ってジジババのセンスだからニーズと上手く不一致し、パフェと称して沢庵を出すようなパーティーは若者達を無闇に煽り立てる結果となった。

 かくして豊かな自然と猫の長閑な町はいつしか、陰謀と策略と欲望の坩堝と化したのである。


 我らが大男は、この流れに大きく引けを取っていた。彼は女の子と会話をすると矢鱈と舌を噛んでしまうという大病を抱えていたのである。

 舌を噛むから会話が難しいのか、無理を通そうとするから舌を噛むのか、その因果関係は筆者の知るところではないが、とにかくこれが災いし、女子と会話をするのに非常な困難を強いられた。

 軽妙洒脱な会話をすることは元より叶わず、不審極まる挙動から女の子は彼と話す前から文脈を誤解して気味悪がった。そこを目を光らせていた他の男たちに獲物を横取りされるという事態が多々生じ、いつしか大男は貝のように口を閉ざしてしまったのである。

 読者諸賢は彼の不幸に全霊込めて同情しなければならない。


 そんな大男がやおら「街コン」に出席すると宣言したため、周囲はにわかに騒然となった。

 つねに虚心坦懐を装い、懐手して静観することに重きを置いていた彼の街コン出陣の決断、それに要した勇気は察するに余りあるものがある。


 しかしここで、男はふと考えた。

(俺には話術がない。舌も動かぬ。よく見てみると器量も良くないらしい。こうなれば嘘で身を固めるしかあるまい!)

 彼はにわかに震えた。男は嘘のつけぬ誠実さを自身の魅力のひとつに数えていたためである。一晩葛藤を抱え、誠実さひとつ失ったところで、嘘で八百盛り返せば良いという結論に達するのと朝日が顔を出すのは同着であった。

「街コンのコンは化かし狐のこんこんこん」

 ストレスのあまり訳の分からない歌すら歌いだす有様であった。憚りながら、彼はそういった場を地下闘技場か何かと考えているきらいがある。

 

 とにかく、そんな状態である彼は街コン当日に至るまで、赤紙を受け取った学徒の様に背中を丸めて過ごしたのであった。ジジババによる地獄めぐりは嫌だったが、年齢的にも彼に選択の余地は無かった。

 

 

 彼の予想に反し、街コンは大きな失敗もなく、つつがなく、さしたる山場もなく閉幕した。

 眼鏡をかけた大人しそうな子が趣味として「漫画」としていたのを、大男が「描いてるの?漫画家っぽいもんね!」と言ってしまったことが唯一の失策といえば失策であろうか。

 大男はこの日を「しめやかな街コンであった」「あのジジ臭い場ではくっつくもんもくっつかんな!」と得意にしていたという。

 おそらくあの日成立したカップルもあったに違いないが、気づかないのか知らないふりをしているのか、筆者は知らない

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※↑後日、彼の発表した作品